行政書士 「正直さ」

 

どうも 寺本です。

受験生から私への問い合わせメール、

そのひとつを見てほしい。

あなたにもわかってほしいことがあるから聞いてほしい

内容を略したらこうだ。

 

「二回受験しました。

落ち着かないといいますか、ちからが入らないといいますか、

そんなこんなで ネットで寺本先生を見つけました。

メルマガも読んでます。

自分のことを言われてるんだと すぐにわかりました。

夜中に一人になって ふと思うんです。

自分は、いつか終わりにしなきゃいけないことをやってるんじゃないかって。

 

はい

仮に 上のメールをしてきた人を迫田さんとしよう、

迫田さんが言いたいことがわかるだろうか?

 

「夜中に一人になって ふと思うんです。

自分は、いつか終わりにしなきゃいけないことをやってるんじゃないかって。

いい言葉だ。

 

「とことんまでに 受験生活をやりきった」

それで負けたら?

心置きなく 本とエンピツをそっと置けますよ。

なんの紛れもなく 資格試験の勉強から引退できる、

言い換えたらそれは

次の新しい業界、取り組みで成功する確率は高いということ。

 

なんで?

人生の選択肢を 「体感」という根拠の元、切ることができた、

迷いがないから。

 

逆に

教えてもらうことに金も使わず

無料・安いシロモノ使って 誰でもできるヌルイレベルで

一人でダラダラ取り組んだ受験生活・・

それで負けたら?

 

迷いが切れない、

余地が残る、

「こーしてたら あーしてたら」

とことんまでに自分が混乱するだけ。

その普段と試験会場の挙動は同化してしまう、

試験が終わった後も ずーーーーと続くってこと。

 

「夜中に一人になって ふと思うんです。

自分は、いつか終わりにしなきゃいけないことをやってるんじゃないかって。」

 

その言葉の先にあるのは?

私が言ってる意味に気づいたということです。

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正直になれない奴は 目先を変えることができない、

やればやるほど 行ったらアカン方向に転がっていくってこと。

でも

アカの他人に正直になれた人は

目先を変えることができる、

普段の勉強 「安い本を一人で見て考えるだけ」

この、「使いもんにならん景色」を変えることができる。

そう

市販の本に書いてること、その外に目を向けることができる、

結果、

「こんなに簡単に変わるんだ」ってことに気づける。

「そこ」を体感してない奴は 話にならんってことです。

 

 

私は「資格試験は勝った負けたじゃない」といい続けてきた。

「資格試験は自分自身を映し出す鏡」なんだと。

 

試験会場、試験問題は嘘をつかない、

嘘をつくのは 受験生の心です。

 

自分の写真撮ってもらって 写真に写る自分を見たらどう思う?

「こんなん自分じゃない」

って 先に思いますよね?

それと試験会場、試験問題は同じです。

 

ズレてるのは 試験官や試験問題じゃない、

自分がズレてることを知らずに試験会場に行くから なすがままになる。

 

ふふ、

自分がズレてるなんて 誰もが思いたくないもの、

だけど、

試験会場のイスに座ったら

「自分がやってきたことと距離がある」

どんなバカでも感じる、

感じるから 脳みそが働かなくなる。

 

であるとするならば?

試験前に 正直になってりゃいい。

正直になれなきゃ 頭の中の鏡が存在してないのと同じ。

頭の中の鏡が見れないなら ズレは一生、直らないんだから。

 

試験前に 頭の中の鏡が見たい?

 

寺本を使えばいい。

本試験で間違えるであろう未来の出来事を

今体験することができるだろう。

本番のリハーサルと言える、試験官の距離を正せる唯一の道が寺本を利用するということです。

 

はなしは終わりです。

同意できたら 私の講座に金払ってください。

下のフォームから自己紹介のメールください。

 

おしまい

寺本考志

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